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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13622号 判決 1970年2月28日

原告 第一火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役 西原直廉

右訴訟代理人弁護士 藤井正博

被告 板橋博次

<ほか二名>

右被告ら三名訴訟代理人弁護士 大里一郎

主文

原告に対し被告板橋博次は金二一〇万六、八九三円被告本多敬太は金二〇〇万円被告城丸久保は金五〇万円および右各金員に対する昭和四三年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

本判決は原告において被告板橋博次に対しては担保を供せずして被告本多敬太に対しては金六〇万円被告城丸久保に対しては金二〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し各自金二、一〇六、八九三円およびこれに対する昭和四三年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、原告は、損害保険の引受を業とするものであるが、被告板橋博次を昭和三九年一〇月一日保険料の集金業務に従事させるため、営業所長の職名の下に雇い入れ、同日頃被告本多敬太および被告城丸久保との間において、被告板橋博次の身元について引受契約を締結した。

二、しかるに、被告板橋は、昭和四二年一〇月二五日から同四三年四月一〇日に至る間において、日本鋼弦コンクリート株式会社他七九名から、保険料合計二、六八〇、一七五円を集金し、これを保管中、自己のために費消し、集金後右金員を直ちに原告に引渡すべきであるのに、金七三、二八二円を交付したのみで、その余の金二、六〇六、八九三円を原告に引渡すことができず、原告に対し右金額相当額の損害を加えた。

三、訴外山家猛から原告に対し、被告板橋にかわり、昭和四三年中に前示損害の支払として、金五〇万円の支払があったので、現在の原告の損害は金二、一〇六、八九三円である。

よって、原告は、被告らに対し右損害金二、一〇六、八九三円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月三〇日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ

と述べ

被告本多同城丸の主張事実に対し

(一)  被告板橋と原告間の約定による嘱託期間は六月であり、右期間内において一定の収入保険料を集金しうることを条件として、つぎの六月間右嘱託期間が更新される。したがって被告板橋は嘱託期間の定めのある被傭者である。身元引受人は、右のとおり嘱託期間が更新されるときは身元引受期間が五年間更新される。したがって、更新される以前の身元引受期間は五年であることを前提としている。すなわち本件身元引受契約はその期間を五年とするもので、被告ら主張の如く期間の定めがないのではなく、身元保証法第一条の適用はない。それ故被告板橋の本件横領行為は、身元引受期間内になされたものである。

(二)  被告本多が、被告板橋の横領費消が発覚した後、同被告を第一信用金庫根津支店に紹介し、保証人となって、昭和四二年三月金三〇万円、同年五月金三〇万円、合計金六〇万円を右金庫から借用させて原告会社に返還させたことは知らない。又、右の時期には、被告板橋の上司である原告会社の上野支部長山家猛が被告板橋の集金横領費消の事実を知っていたことは否認する。したがって、原告がその后被告板橋の監督を厳にする必要なく、被告の主張するように昭和四二年一〇月二五日以降被告板橋の集金・横領の事実が、原告の監督を厳にしないことにより生じたということはあり得ない。それ故身元保証人たる被告本多、同城丸の損害賠償の責任およびその金額を定めるにつき右事実が斟酌されなければならないものではない。

(三)  原告が被告板橋の前記六〇万円費消横領の事実を被告城丸に通知しなかったことは認めるも、原告は右費消事実を知らなかった故通知しないのは当然である。

と述べ(た)。

立証≪省略≫

被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として

第一被告板橋博次について

請求原因事実はすべて認める。

第二被告本多敬太同城丸久保について

(一) 請求原因一の事実は認める。但し被告板橋の主たる業務は保険の勧誘、募集であって、その附随業務として保険料集金の仕事があった。

(二) 請求原因二の事実は知らない。

(三) 請求原因三の事実は認める。

(四)(1)  本件身元保証契約には存続期間の定めがないので、成立の時から三年間効力を有するのみである。本件契約の成立した昭和三九年一〇月一日から三年間即ち昭和四二年九月三〇日を以て失効する。原告の請求する被告板橋が費消した金員の集金時期の始期は、昭和四二年一〇月二五日であり、既に本件身元保証契約が失効した後であるから身元引受人たる被告本多同城丸には責任はない。

もっとも甲第一号証身元引請書第三項には、「嘱託期間の定めある場合において当該期間を更新したときは、貴社よりなんらの通知なくとも、本引請は更新し、五年間有効のものとする」との文言の記載があるが、これは嘱託期間の定めがある場合の特約であって、被告板橋には嘱託期間の定めがなかったから本件の場合に適用すべきでない。また身元保証法が第三条に使用者の通知義務を規定した精神からみても保証人になんらの通知がなくても身元保証契約が更新する旨の特約は無効である。

(2)  被告板橋の横領費消の事実が発覚して、被告本多は被告板橋を第一信用金庫根津支店に紹介し、被告本多が保証人となって、昭和四二年三月金三〇万円、同年五月金三〇万円合計金六〇万円を右金庫から借用させ、原告会社に返還させた。右の時期には被告板橋の上司である原告会社の上野支部長山家猛は、被告板橋の集金横領の事実を知っていた。したがってそれ以後原告会社が被告板橋に対する監督を厳重にすれば、本件昭和四二年一〇月二五日以降の集金の横領は免れた筈である。すなわち原告には被傭者の監督につき過失があった。身元保証人たる被告本多同城丸の損害賠償の責任およびその金額を定めるにつき、右事実は斟酌さるべきである。

(3)  原告は被告板橋が右六〇万円の横領費消をした事を身元保証人たる被告城丸になんらの通知をしない。そのため被告城丸は保証契約を解除する機会を失った。このことは被告城丸の責任および金額を定めるにつき斟酌されなければならない。

原告の主張事実に対し

一、被告板橋の差入れた誓約書には「(1)通常解任(1)半期(期中に任用された者はつぎの半期からとする)に収入する保険料が二〇〇万円に達しない者」との文言がある。しかし之は文理上明らかに解任の要件を定めたものであって任期そのものを定めたものではない。

二、被告板橋博次は「営業所長」というもっともらしい職名を持っていたが、その実体は単なる嘱託できわめて身分保証がうすく、前示のとおり何かといえば解任のうき目にさらされている。このような身分保証のうすい被傭者の身元保証人の責任を追求するためには、通常の場合よりも、より明白に厳格な契約文言上の担保を必要とする。原告が不備な契約文言を身勝手に解釈することは、身元保証人の責任が苛酷に追求されないように種々の配慮をめぐらした身元保証法の精神にかんがみても許されない。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

理由

一、原告は損害保険の引受を業とするものであり、被告板橋は昭和三九年一〇月一日営業所長の職名の下に原告に雇い入れられ、保険料の集金業務等に従事し、同日頃被告本多、同城丸が、被告板橋の身元保証契約を原告との間にしたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、被告板橋は昭和四二年一〇月二五日から同四三年四月一〇日に至る間において、日本鋼弦コンクリート株式会社他七九名から保険料合計二、六八〇、一七五円を集金し、これを保管中、自己のために使い、集金后直ちに原告に引渡すべきであるのに、わずか金七三、二八二円を交付したのみで、その余の金二、六〇六、八九三円を原告に交付することができず、右金額相当額の損失を原告に与えたこと(このことは原告と被告板橋との間に於ては争のないところである。)が認められる。

そして、訴外山家猛から、原告に対し被告板橋にかわり、昭和四三年中に、右損害の一部として金五〇万円支払われたことは原告の自認するところである。

したがって、原告の蒙った損害は右を差引き金二、一〇六、八九三円となるわけである。

三、被告本多、同城丸は、本件身元保証契約には期間の定めがないから、成立の時から三年間効力を有するに過ぎず、昭和四二年九月三〇日を以て失効する。原告の請求する集金の時期の最初は昭和四二年一〇月二五日であるから、既に身元保証契約が失効した後のものであるので、被告らに責任はないと主張するのでこの点を判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証(身元引請書)によるとその第三項に「嘱託期間の定めある場合において当該期間を更新したときは、貴社より何等御通知なくとも、本引請を更新し、五ヶ年間有効のものとする。」旨の記載があることが認められる。

(二)  被告らは被告板橋にはいわゆる嘱託期間の定めがなかったので、右第三項は本件の場合に適用がないと主張する。しかし≪証拠省略≫を総合すると、被告板橋は原告会社に嘱託期間六ヶ月、その期間内に一定の収入保険料を収めることを条件に、更に六月間更新される約定で雇われたものであることが認められる。したがって被告らの右主張は採用できない。

成程右≪証拠省略≫には、通常解任として、半期に一定収入の保険料を収めぬ者は解任する旨定められ、六ヶ月というのは解任する場合の条件の一ともみられ、嘱託期間ではないという解釈も、これのみによれば成立つが、≪証拠省略≫によればそれはこのように解すべきでなく嘱託期間六ヶ月を前提とした定めであると認められるので、前示のとおり解するのが相当である。

(三)  以上事実よりすると、前示第三項の規定は、嘱託期間の定めがある場合に、それが更新されて雇傭期間が継続される場合、通じて五年間は身元保証する旨の身元保証人の保証期間を定めたものと解するのが相当である。

(四)  被告らは、保証人になんらの通知なく身元保証契約が更新する旨の定めは身元保証法第三条の精神からみて無効であると主張するが、成程前示第三項の定めには「なんら御通知なくとも本引請を更新し、五ヶ年間有効のものとする」と定められているが、これは前示のとおり嘱託期間が更新されるときは通じて五年間身元引請をする旨の定めであるから「引請の更新」なる用語があっても、これをとらえて六月毎に当然更新される意味に解すべきではない。よって被告らの主張は採用しない。

(五)  又被告らは、被告板橋が「営業所長」というもっともらしい職名をもっていたが、その実体は単なる嘱託できわめて身元保証が薄く、なにかといえば解任のうき目にさらされている。このような身分保証のうすい被傭者の身元保証人の責任を追及するためには通常の場合より、より明白な厳格な契約文言上の担保を必要とする、不備な契約上文言を身勝手に解釈することは身元保証法の精神から許されないと主張する。

しかしながら身分保証がうすいというが、一定の収入を収めなければ解任されるというだけで、その他の事実関係が明らかでないのに直ちに身分保証がうすいと言うのは当らず、又身分保証がうすいというだけで身元保証人の責任を云為することはできず、なお被告の主張するところは、前示認定のとおり解するのが当然と解され、ことさら身勝手な原告の解釈と認めることも出来ないので採用できない。

四、被告本多同城丸は、原告会社が被告板橋の上司である上野支部長山家猛により昭和四二年三月当時被告板橋の費消横領の事実を知ったので、同被告の監督を厳にすべきであったのにこれをしなかったため本件事故が発生したと主張するのでこの点を判断する。

証人山家猛の証言によると同証人は被告板橋の集金の納入が、昭和四二年三月から四月にかけて、それまである程度おくれていたものが、すべて納入されたので、同被告が他から借りて納入したのではないかと疑念を持ったことはあったが、これとて、確たる証拠もないのでそのままにしたということが認められる程度で、その他に被告主張事実を原告が知っていたと認めるに足る証拠なく、≪証拠省略≫によると、原告会社は右事実を知らなかったものと認められる。そして前記山家の証言によると、被告板橋の納入のおくれは他と比較しても問題にする程度に至っていない事が推認されるので、原告がこれを知り得なかったとしてもその過失を責める程でないと認められる。

そうすれば被告ら主張のこの時期から被告板橋に対する監督を厳にすべきであるという主張は採用できない。

≪証拠判断省略≫

五、≪証拠省略≫を総合すると被告本多は被告板橋の学友で、被告板橋が営業所長をし、被告本多はこの代理店をしていたこと、昭和四二年三月被告板橋から集金を使い込んだからなんとか頼むと依頼され、第一信用金庫根津支店から自ら保証人となり金六〇万円を借りうけこれを以て穴埋したこと、被告板橋同本多らはこの事を被告板橋の上司に当る上野支部長山家猛には報告しなかったこと、被告城丸は、被告本多の友人で、同被告から被告板橋が第一火災海上保険相互会社(原告)の所長になるが、保証人が二人いるので、自分も保証人になるから被告城丸も保証人になってくれと頼まれ、つまり被告本多の依頼のみにより保証人になったことが認められる。

六、被告城丸は、原告が同被告に対し、被告板橋の昭和四二年三月頃の金六〇万円の横領の事実を知らせてくれなかったので、保証契約を解除する機会を失ったというが、前示のとおりこの事実は当時原告会社は知らなかったものであるから、被告の右主張は採用できない。

七、してみると、被告板橋は前認定の金二、一〇六、八九三円を原告に賠償する義務があり、被告本多は前示認定事実その他諸般の事情を考慮して金二〇〇万円、被告城丸は同様一切の事情を考慮して金五〇万円を原告に賠償すべきである。

原告は遅延損害金として年六分の割合による金員の支払を求めるが、本訴請求は商行為によって生じたものでないから、年五分の割合によるべきである。

よって、原告の被告らに対する本訴請求中、右各金額およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める部分を正当として認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条第九三条の規定を適用し、停執行の宣言について同法第一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田辰雄)

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